Far East Lounge 三代目春駒小林一彦オフィシャル 小林一彦イラスト

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行き当たりばっかり山あり谷ありドツボありのジグザクダイアリー

一般公募の限界 (2008.12.02)

終日執筆。

例の市民球場跡地利用問題の件で、広島市は先日、市民に公募した「叩き台に物申す」的な意見や要望をまとめ、今月中にも新しいビジョンを発表するらしい。寄せられた声の中で「旧市民球場を残して欲しい」「サッカー場などのスポーツ施設建設を」といったものがかなり多かったようである。「旧市民球場を残す」という考えを持つ人は、新球場が完成して半年で激減すると予想する。広島人は案外「あたらしもの好き」。だから市は早急に結論を出さないほうがいいと思う。
しかし、そもそもこれは「一般公募」などで決めてはいかんし、決められるわけもない案件ではないか。こんなコンペには冴えた人物は姿を現さんのです、たとえば安藤忠雄のような一流は。
いや、今回こそ、広島平和公園を設計した丹下健三の未完の構想を引き継ぐ絶好のチャンスだったのだ。丹下を心の師と仰ぐ安藤さんに「残りの部分(つまり市民球場周辺)、あなたならどうしますか?」と持ちかければ、彼は請けたのではないだろうか。彼なら現球場への想いを断ち切れない市民の気持ちやヒロシマのスタンスをうまく昇華させながら、常人が思いつかないような、そして世界が絶賛するようなハッピーサプライズを仕掛けてくれたのではないか。そう考えると実にモッタイナイのである。市政にも「夢」がなくっちゃ。なんでも「公募」や「多数決」じゃないだろう。その発想でいくといつまでたっても最大公約数的な差し障りのないプランしか見えてこんでしょうが。
屈折日報前夜 (2008.12.01)

昼前1時間、スタジオDUCKにて恒例の絶叫ボイストレーニング。ここを利用し始めてまだ数回だが、どうやらまたひとつリミッターが外れたようで、地声にさらなる凄みが加わった気がする。
午後より執筆業務。今週は、某取材案件のリメイク作業。以前納品したものが、別のフォーマットを与えられて生まれ変わるのは、俺の仕事が評価されている揺るがぬ証拠であろう、と都合良く解釈。

先日の「喫茶こばやし」解体工事にあたり、実家を掃除した際に出てきた「恥ずかしい品々」の中に、小学生時代から書き綴っていた膨大な量の日記がある。人生の航跡を遡るにはいい資料になるのかもしれんが、過去にはほとんど興味がないし、将来「自叙伝」を上梓する可能性もないので1冊を残してあとは廃棄。うっかり捨て忘れたその1冊には、当「屈折日報」にスライドするまでの1年間の出来事が、人の目にさらされないのをいいことに、まさに「歯に衣着せぬ」過激さで書きなぐってある(笑)。っつーか、屈折日報になってよかったよ。今だって人には知られたくないことは確かにあるけど、なんというのか、俺はこの数年でますますオープンになれた。批評精神は失いたくないが、相手が政治屋や権威である場合は別として、個人攻撃あるいは単なる中傷と受け止められそうな視点は、誰もハッピーにならん。なにしろ肝心な「サイン」さえ見落としかねんし。ま、歳をとるのも悪くはないってことで。
祭りの準備 (2008.11.30)

昨夜、原さん&山根さんと別れたあと、一人でPICOに寄って結局5時まで飲んでたもんで、本日は昼まで爆睡。
それにしてもオモロい飲み会であった。某市長とマブダチである原さんからは彼が環境面でいかに大きな貢献をしてきたかを知らさせる。ただ、どんなに実績をあげようとも、その具体的内容が一般人にはほとんど届いてはいないのが残念だ。俺はこの先「環境問題のエキスパート」になるつもりはないのだが、知れば知るほど物騒きわまりない原発や、一方的に流されるエコ施策についても監視していきたい。子孫に負の遺産を残してはいかんのだ。

気がつけば明日から12月突入か。有り難いことに、執筆業務やらイベントやら、多忙な残り一カ月を過ごせそうである。俺にしては珍しく、年明けから取りかかるつもりの目標を現時点ですでに掲げている。望む望まないに関わらず、国内も世界も混乱の度を高めていくのは間違いないけど、あえて俺はこれを「好機」と捉えたい。
武器と楽器 (2008.11.29)

事務処理諸々。
肉体と脳に汗して稼いだ尊いマネーが、右から左へスルーしていくことの儚さよ、嗚呼、儚さよ。
しかして、そのわずかな間隙を縫って確保せしめた微銭を握りしめつつ、食い入るように見入ったのは、某護身道具専門サイトの「ヌンチャクコーナー」。ようし、この鈍い銀色に輝く<メタルヌンチャク>をポチッとな。さて、こんなモンをなんに使うかはまだ秘密。決して犯罪には使用致しませんのでご心配なく。うひひ。

それともうひとつ、前々から目をつけていた特殊な鍵盤楽器をK楽器O店長に発注す。この製品、とある楽器メーカーが随分昔、おそらくは子供向けに開発したものであるが人気が出ず廃盤。その不思議な音色に魅せられたオトナミュージシャン(それもほとんどがプロ)からのリクエストで、昨年遂に復刻したという逸品。もちろん俺は鍵盤楽器など弾けるはずもなく、奏者はオタマになるであろう。よければ椎名女史にも手に入れてもらおうと(笑)。FarEastLoungeに似合うかも。

夜、古い友人であるところの原さん、山根さんと、居酒屋「山人(さんと)」へ。料理、酒ともに唸るほどの美味。面白いハナシもいろいろ聞けた。
目指せ、地名の名付け親 (2008.11.28)

午前中ラジオ。
「はじめチョロチョロ、中パッパ、赤子泣いたらハダカ踊り」の炊飯技術口伝にもあるように(ないっつーの)、1時間45分の枠内で、同様の段取りに従って徐々にテンションがアップしていく俺。エンディング・トークはたいてい「シモネタ」となる。本日も「アマゾンの健康飲料グイッと飲んで、朝起きたら股間が『おい、きたろうっ!(目玉オヤジの声で)』になっていたらどうしましょう」などと意味不明のコメントで締めくくったところ、続く生プログラム(朝にふさわしい爽やかな番組なんじゃコレが)のH女史は笑いをこらえてのオープニングを強いられたようだ(だって声ふるえてましたもん)。

午後からは通常執筆業務。某広告代理店さんからは久しぶりに某エリア専用サイトのタイトルネーミングのオファー。もしこれが採用されれば、俺は広島の某地における「名士」となることが約束されたも同然!、、、、なのか?(笑)。
突き指ドラゴン (2008.11.27)

通常執筆業務。
昨日の道場稽古にて、俺の不注意で右手中指を捻挫。第二関節あたりが倍近くに腫れ上がり「もしかして骨いったかな?」とオタマと大笑いしたのだが、本日午後にはほとんど腫れも引き、片方30kgのダンベルの上げ下ろし、指立て伏せ、コンパチ(笑)も問題なし。外傷に関しては相変わらずトカゲ並みの回復力。

今日、11月27日はブルース・リーの誕生日。生きていれば68歳か。彼の映画と、梶原一騎作「空手バカ一代」の導きがあってこそ、俺は現在までに続く「武の道」に踏み込むことができたのだ。ああ、久しぶりに「燃えよドラゴン」「ドラゴン危機一髪」「ドラゴンへの道」が観たくなってきたど。セガレにはまだ早いか?(笑)
新しい習慣 (2008.11.26)

午前中1時間ほど、「スタジオDUCK」の貸しスタジオにて熱唱。週2回、あたりはばかることのない防音スタジオにて出力200%のフルパワー大絶叫(広島弁では「おらぶ」という)が、これまでほぼ毎夜「喫茶こばやし」で実施し続けた歌い込みに匹敵することが確認できた。「量より質」といったところか(笑)。まずはひと安心。

夕方、道場へ。心体育道に入門して約10年、平日の稽古に参加したのはこれが初。初めて見る若手の色帯たちと並んで鏡の前に立つと、なんとカンロクが出てきたのだろうか。っつーか、オッサンもいいところである(笑)。週2回スタジオDUCK早朝絶叫、毎週水曜道場稽古。この2つを習慣化させたい。
絶倫空手家 (2008.11.25)

仕事に出たオタマに代わり、午前中はセガレの子守り(幼稚園も休みだったもので)。
相撲をとったりゲームをしたり、男同士は遠慮がないのでホンマにラクだ(笑)。

午後より、西区の某広告代理店へ出向き、新規案件の打ち合わせ。その帰り、チャリを漕ぎながら頭の中にコトバが降りて来て、家に着いた頃には先ほどもらったばかりの仕事が片付いておりましたとさ。

ほかの案件に関しても返事待ち状態なので、することがなくなり、これ幸いと心体育道の独り稽古。BGMは新良幸人「月虹」。沖縄発祥の空手の稽古には八重山民謡がよう似合う。CD1枚分の約60分、ノンストップでみっちり動く。
半分まで読み進んだ、佐野眞一「沖縄・だれにもかかれたくなかった戦後史」には、2001年に八十九歳で死去した沖縄史上最強の空手家と呼ばれたらしい、「スヤーサブロー(本名:宮城嗣吉)」なる人物の記述がある。強かったのはケンカだけではなかったようで、13人の子供をすべて別の女性から産ませたというからアッチも相当なもんだったのは間違いない(笑)。来年こそは「沖縄空手博物館」を訪ねてみたいなぁ。
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