Far East Lounge 三代目春駒小林一彦オフィシャル 小林一彦イラスト

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2009年12月の日記

最終兵器 (2009.12.31)

朝起きると、うっすら雪化粧。なのに窓際のハイビスカスが一輪開花(笑)。季節感あるんだかないんだか。
少しばかりまとまったカネが入ったので、近場のショップを散策し「半額セール」やら「**%OFF」の安モンばかり数点ゲトる。
夜は「Dynamaite!!」と「紅白」を交互に見る。「D〜」はコマーシャルがやたら多いうえ、あいかわらず前置きが長過ぎてダレた。かたや、紅白は意外にも見所いっぱい。特に歌の内容とまったく関係のない「メガ幸子」とサプライズゲストの矢沢永吉は圧巻。ただ欲を言えば小林幸子にはそのまま飛び上がり、メガ幸子の頭部に「パイルダーオン」してもらいたかった。その後、汎用人型決戦兵器として雄々しく「起動」し、エヴァンゲリオン初号機のごとく「暴走」、ラストにATフィールドをこじ開けて「謹賀新年!」となれば申し分無かったのに(笑)。

*写真:見る者を混乱に陥れたであろう2009年の最終兵器「メガ幸子」。せめて目から「ビーム光線」くらいは出して欲しかった。

やり切った感ゆえの脱力 (2009.12.30)

残り二日残して、今年最高の脱力ぶり(笑)。この一年、一度も勝負を落とせない真剣試合の連続だったことをあらためて思い知る。しかし来年も、同じか、それ以上のハッピーな気概で挑むならなにも問題ない。そう気持ちよく言い切れるのが成果なのだ。

縁あってこそ (2009.12.29)

終日、雑事。
夕方、当道場にて稽古指導納め(一人稽古は当然無休)。稽古終了後、門下生のS嬢から、進路に関する相談を受けたので、あくまで俺の個人的スタンスであることを最初にことわりつつ、参考になりそうな事例を引き出して話す。
しかし、こうして振り返ってみると、俺ってきわめて無計画に歩んできたのですね(笑)。「一日中、映画を見ていたい」という理由のみでサロンシネマで映写技師として働かせてもらった20代前半。日本語によるオリジナルソングを歌うボーカリストとして「日本語の正しいメカニズムを知っておきたい」と入学したアナウンススクール。その時は思いもよらなかったが、この二つはのちに、29歳で広告デザイン業界に入ったとき、強力な武器になった。コピーライターなのにデザインの構図や色彩感覚に長けているのは(俺が言うんじゃなく周囲の評価です)、ほぼ365日3年間、スクリーンに投射される良質なリバイバル作品(当時のサロンシネマはジャン=リュック・ゴダールやアラン・レネのヌーベルバーグ、「ローマの休日」「雨に歌えば」に代表されるハリウッド・クラシックスのほか、フェデリコ・フェリーニ、リキノ・ヴィスコンティ、フランソワ・トリュフォー、スタンリー・キューブリック、マーティン・スコセッシなどの作品がメインだった)を、まさに穴があくほど見続けたからと思う。
アナウンス技術はコピーライター業の一端である、ラジオやTVCMの脚本を書く仕事にも大いに役立ったし、もちろんナレーターとしても年間20本近いCMを読み、ラジオパーソナリティもやらせてもらえている。最初は自分で決心して踏み込んだ道であっても、その途上で出会った人々が「こっちはどうだ?」と指し示してくれたから、めぐりめぐって今の俺の居場所があるのだ。てめぇで決められる人生なんて、そんなに多くはない。やはり「縁あってこそ」なわけ。だから偉そうには言えないね。ただただ感謝だね。
私的3大ニュース (2009.12.28)

終日、ボワ〜ンと腑抜け状態。
午後より、宇品の某デオデオへ出かけ、吉浦で一人暮らしの義母のためコタツを購入。
夕方から道場にて1時間半ほど一人稽古。しかし、どうにも落ち着かん。こんなんだったら、はよ年が明けて世間一般も通常営業に戻ってくれんかと(笑)。あんまりヒマなんで、軽く今年を振り返ってみるです。

2009年/私的3大ニュース
1:新居竣工&引っ越し
2:心体育道小林道場立ち上げ
3:プレゼン無敗

「3」のプレゼン無敗は、よう考えたら凄いことじゃわいの。しかもそのうちの半分くらいは「自主提案」だ。ゴーマンかますことが許されるなら、俺は「良く効く表現」において、ちょっとばかし頭抜けてきたかも。ハンティングやフィッシングと一緒で、獲物がナニで何処に棲み、クライアントが何時どのくらい仕留めたいかがわかれば、たいていどうにかなる。広告が「広告のための広告」に成り下がっていることに、広告業界が気付いていないから俺の出番も増えるのだと思う。狩猟家のココロでシンプルに考え、シンプルに行動する。なぜなら対象となる人間も「動物」だからだ。そこを理解してはじめて男も女も尊敬し合える。人としての尊厳も語れる。狩猟民族は獲物を追い、仕留めたら分配し、肉が食い尽くされるまで毎夜歌い踊り、家族や仲間を守るため戦闘訓練も熱心にこなした。俺にとっての「狩猟」が「企画」「取材」「執筆」で、「歌い踊る」が「ライブ活動」、「戦闘訓練」が「武術=心体育道」と、ピッタンコ符合する。ああスッキリ!
来年の準備その1、、、情報通、、、 (2009.12.27)

午前中、筋トレその他の鍛錬。
合間に雑事。来月、高松はラフハウスで予定しているライブに向け、高速バスの往復チケットおよびホテルも予約。来年は県外でのライブをもっと増やしたく、ついでに沖縄(まだ未踏の八重山・宮古方面を所望)へも乗り込みたい。この一年は「絵に描いたモチ」がホンマのモチとなり、精神的&経済的胃袋を満たしてくれた。実体化するまで数年を要した案件もあるが、強い想念と行動で、たいていのことはなんとかなるもんだ。数回しくじったくらいでカンタンに諦めちゃいかんのです。妄想家は、まず第一に、しつこくないと(根拠不明)。

午後イチで馴染みの散髪屋へ。思うに、散髪屋とタクシー運ちゃんは、市井に生きる者の中で一番の情報通ではなかろうか。はたして今回も店長から某有名人のかなりエグイ極秘ネタを入手。ある意味、14ホールを巡ったとのウワサのあるタイガー・ウッズさんよりインパクト大? ゴシックに興味がある訳じゃないが、髪をチョキチョキやられながらのこのような雑談は面白い。
帰ってから再び一人稽古。昨日掲げた公約通り、一日2時間以上を遵守。明日は、、、、やれるのか?(笑)
合同稽古 (2009.12.26)

午前中、当道場にて新門下生のIさん指導。
午後はデスク回りの整理。
夕方から広島県立体育館武道場にて、心体育道合同稽古。その後、中国飯店に移動し忘年会。気がつけば、俺も門下の中では古参になっている。かといって、自分の技術にはまだまだ至らないところが目につく。最近は特にそうだ。来年はヨガや筋トレも含め、最低でも一日2時間は稽古したい。っつーか、明日からヒマになるのでやりましょう、嗚呼、そうしましょう。
広告&ナレーター業務仕事納め (2009.12.25)

午前中、今年最後となるラジオ。サブパーソナリティとして「やりきった」感はある。だが、どうにも客観的判断が下せず、もどかしい。ただ、俺がリスナーだとしたら、という切り口でなら来年手直ししたい部分も見えてきている。チャンスをくれたTOCOちゃんや曲に感謝。

夕方、某百貨店事務所で打ち合わせ。これで一応、広告&マスコミ業務は仕事納めになりそうだ。それ以外の業務であるナレーターやミュージシャンとしても今年は手応えあったし、武道家でも小さいながらマイ道場を持てた。心のどこかで「その道一本で食ってる人」に対して拭えなかったわずかな負い目が、ようやっと霧散した一年。今俺がそこでやっていることのグレードは、目の前にいる人がありのままに判断してくれればいいだけのこと。喜んでもらえたならサイコーなんスけど。

*写真:昨夜セガレが寝る前に、プレゼントを運んでくれたサンタクロースに感謝の気持ちとして子供部屋に自分で用意していた、お茶と菓子。今朝、無事プレゼント(野球盤)が届けられたのを確認後、これを見て
「うわー!サンタさん、お茶飲んどる!ビスケットも半分食べてくれとる!」と驚喜(笑)。

20年ぶりのカラオケ (2009.12.24)

夜、椎名ファミリー、久保直樹、ミミちゃんと我が家族で本通の某カラオケ屋へ。俺は「カネをもらってステージに立つ者がカラオケなんぞまかりならん」という自ら掲げた信条を20年以上も頑に貫いてきた。パフォーマーとしての緊張感を持続したかったわけだが、2001年に沖縄に行くようになって、それが徐々に狭小かつ卑屈な発想に思えてきた。かの地ではホンマのホンマに、音楽が生活の一部になっている。鳥がさえずるがごとく、自然に歌が口をついて出る。そんな歌にはちゃんと血が通っているのだ。あまりにも単純、だけど深い。喜怒哀楽そのまんま。素晴らしかった。俺はやっぱり狭かった。
さて、3時間、チビッコ3人、中学生2人、オトナ5人で入れ替わり立ち替わりマイクを握った。俺は「大ちゃん数え歌/天童よしみ」からはじまり「タイガー&ドラゴン/クレイジーケンバンド」「ワインレッドの心/北島三郎バージョン」「赤いスイートピー/松田聖子」を熱唱。少しでも飲むと声帯が塞がって声が出にくくなるので、今後もライブでは酒は口にしないけど、こういうメンバーで飲み食いしつつ歌い合うのはヒジョーに楽しかった。グダグダの椎名さんも見れたし、久保はオッサン丸出しだし、ミミちゃんは酔ってもまったくブレないし、オタマはブリッ子で聖子ナンバーを歌うし、子供たちの歌声には癒されたし、中学生はムズカシイ年頃だったし(笑)、それぞれに歌い、それぞれに良かった。音楽はこれで良い。

ようやく年の瀬気分 (2009.12.23)

家族で吉浦の義母宅を訪問。
義母のオーダーで<にわか庭師>と化し、刈り込み鋏で伸び放題の樹々をパチパチ。年代物のコタツのチェック、灯油の買い出しなども仰せつかる。ひなびた港町の情景も相まって、ようやっと年の瀬の感あり。

夕方、一人で宇品のトイザラスへ。俺同様、サンタクロースとしての使命をまっとうせんとする、親御連中でごったがえす。セガレにさりげなくリサーチして得た情報に従い「エポック社の野球盤」をゲトる。

夜は「しーシュ」のクリスマスディナーライブを見にPICOへ。彼らの演奏を聴きながら、俺にもいくつかのインスピレーションが舞い降りてくる。
つかのまの脱・アルコール宣言 (2009.12.22)

爽快な目覚め。っつーか、気持ちよ過ぎて二度寝したあげく9時起床にて、クライアントの皆様方どーもスンマセン。やはりこれは、くどいようだがアルコールを体内に入れていないことの効果であるのがいよいよ明確となってきた。目覚めたときも、脳内に一枚アンバー系のフィルターがかかっているようなカンジがない。ヤメるか、酒?

などと決心しかけたのもつかのま、夜は横川のPUMPなる居酒屋にてバサクどん、久保、パイグ、はっちゃん、カビちゃんら、計8名で忘年会(笑)。仲間と楽しく飲む分には問題なし、ということにしておこう。
断酒5日目、、、ユニクロの25年、、、 (2009.12.21)

鼻声が治らんが、体調はすっかり戻ったので、午前中は筋トレその他の鍛錬に没頭。神経系統が明確にブラッシュアップされたような感じがあり、その理由を考えてハッとなった。先週木曜日からまったくアルコールを口にしとらんじゃん(笑)。5日間という記録は数年ぶりのような気が。やっぱり酒が体に良くはない影響を与えることは否定できんね。

昼過ぎ、気晴らしを兼ねてチャリで3分の「ゆめタウン」へ。ユニクロを覗いてみると、なんと、いくつかの棚がごっそり空っぽのまま。急に寒くなったのでフリースの一部が売り切れになり、入荷が間に合わないのである。俺は25年前にこの広島の中区袋町にできたユニクロの国内第一号店を知っている。オープン当時は「安かろう悪かろう」そのまんまで、質もデザインもひどいものだった。その後、センスのいいデザイナーを招き入れ、値段以上の品質と市場ニーズをとことん研究&開発した延長線上に今の繁栄がある。柳井サンも強力な念力の持ち主だ。念ずる力がビジョンを描き、そこへ向かうための一瞬一瞬の行動を決断させたのだ。
快復、、、M-1、、、 (2009.12.20)

予定通り、すっきりと目覚める。熱も下がり、体も軽い。ハラも減ってる。
朝風呂の気持ちエエこと。体の細胞が全部入れ替わったかのような爽快感。結局、新型だったかどうかは不明だが、俺にとってはタダの風邪。っつーか、こんなに早く治るんだったら新型のほうがえかったのに?!

夜、「M-1」を見る。やっぱすごいね漫才師は。彼らを「所詮お笑い芸人」と小馬鹿にする輩が居るが、生半な技術では人を笑わせることはできない。いや、「泣かせる」より、よっぽど難しいはずだ。どれだけの練習を積んでこの決勝まで勝ち進んだかを考えると、自分がまだまだ薄っぺらい存在に思えてくる。負けられんのう。
つかのまの休息 (2009.12.19)

発熱。
37.5度前後をいったりきたり。
かの「新型」であってはまずいので、家族との接触を断ち、ゲストルームに籠ってひたすら眠る。その間も多量の水分摂取を心がける。
10月から、一日たりとも休むことが許されぬ、シビアなスケジュールが続いていた。で、木曜日の某イベントが終わった瞬間、「風邪を引くなら今のタイミング」などと思ってしまったのだね(笑)。実際、週明けはプレゼンがひとつと2、3の打ち合わせがあるだけで凪のように穏やかな日程。ま、ゆっくりと。

また一歩世界へ (2009.12.18)

午前中、ラジオ。
午後イチで、県病院に2泊3日の予定で入院している親族を見舞う。っつーか、昨日、内視鏡手術をしたばかりというのに、明日には帰れるんだと。しかもチャリを漕いで(笑)。西洋医学の進歩にもめざましいものがありますね。

夕方あたりから少々悪寒。風邪かどうかはまだ不明。本日グリーンアリーナで三度目の防衛戦をする日本スーパーフライ級王者、中広大悟選手を応援に行こうと思っていたのだが断念。9時過ぎ、中国新聞のネットのスポーツ速報で、彼が判定勝ち(1-0でドロー)したことを知る。これで来年は世界タイトルへの挑戦がほぼ確実。今日の対戦相手の赤穂選手だって並大抵の強さではなく、相当タフな試合になったはずだ。素晴らしい。

*写真:10月に中広大悟選手を取材した時のカット。手前はお馴染みカメラマンA氏。彼は今夜、応援に行ってたはず(笑)。

赤に赤、、、タフネスの証、、、 (2009.12.17)

起きるやいなや、山積していた雑務を猛然とこなしてから街なかへ出かけ、島村楽器でCキーのブルースハープを買い、下村時計店でオメガスピードマスター・シューマッハモデルのバンドをメタルからモレラート「スピード」の赤に交換(下の写真参照)。

夜はリーガロイヤル宴会フロアにて、某エグゼクティブの集いに、FarEastLoungeでゲスト出演。オーディエンスの年齢層が予想以上に高かったし、ほかにも音響面含めいろんな意味でやり辛い状況ではあったが、持ち味を充分出しきるところが、タフなユニットの証なり。今後もし、この催しに呼ばれることがあれば喜んで出演させていただきます。そんでもって、次回は相当数の耳を確実に引っ張り込んでみせましょう、ああ、そうしましょう。呼んでくれたM嬢に感謝。

軟体女子、、、ど根性ハイビ、、、 (2009.12.16)

午前中、某広告代理店担当氏ほか数名で、沼田あたりの某市立大学芸術学部を訪問し、ミーティング。
夕方より、当道場でSさん個人指導。っつーか、バレエを長いことやっていた彼女、俺よりも、いや、心体育道門下イチの軟体であることが柔軟体操時に発覚。「どうやったらそんなに柔らかくなるん?」と俺のほうが教えを請う始末。なはは、マズいねこりゃ、練習せねば。

*写真:めっぽう冷え込んだ朝にも関わらず、我が家の少女「ハイビ」が開花。ハイビスカスを育て始めて5年くらい経つが、これは新記録である。2週間に一度、ハイポネックスをやり、日当りの良い室内に置いておくとちゃんと咲くのだね。

プレゼン、、、モレラート、、、 (2009.12.15)

午前中、企画業務。
昼イチ、某企業会議室にてプレゼン。今回の提案も面白がってもらえたみたい。手応えあった。

その帰り、本通のシモムラへ寄り、オメガ・シューマッハモデルに付けたろうと前々から目をつけていたイタリアの老舗「モレラート」の時計バンドを物色。真っ赤なオメガにはメタルよりも、やっぱし真っ赤なレザーバンドだろう、っつーことで世の中ナメきったようなエエのがあった。これを腕に巻いて「飛ばねぇ豚は、タダの豚だ」と言ってみたい(誰にじゃ)。2、3日考えてみよう。
オーバーザトップ (2009.12.14)

午前中、企画業務。
午後、某広告代理店さんにて打ち合わせ。
夕方、西区の映像プロダクションで、来年正月からオンエアされるのであろう、某ハウジングメーカーCMのナレ録り。某球団の主力選手が登場するこの恒例CMを担当させてもらって今回で4年目。たいへん名誉なことであるが、なんと本日は出演4人のうち、N投手、O投手、S内野手(もちろん野間口投手、オビスポ投手、坂本内野手では決してないのである)がクライアント社長と混じってCR(コントロールルーム)にて立ち会い。いつになくキンチョーしつつ数種類のバージョンを15分でフィニッシュ。彼らも「わ〜!カッコエエわぁ!」と拍手を送ってくれひと安心。来年は優勝たのんます!っつーか、ルイス退団きついね。とほほ。
出場断念 (2009.12.13)

本日、出演する予定でいた「ござしき投げ銭の会」。オタマとのユニット「うつせみサーカス」でエントリーを考えていたが、オタマの調子が悪くキャンセル。主催者の方、ゆるちてね。良い意味で常軌を逸したパフォーマーの見本市であるこの希少な催しは、俺にとっては新しいヒラメキを試す実験の場。約10分間という制限のなかで「前にもやったこと」を繰り返すつもりは無い。実は一人でもできるもう一つのプランもあったのだが、こっちはまだ完成度が低いのだ。
セブンの息子 (2009.12.12)

終日イベント出演のオタマに替わり、セガレの子守り。で、本日封切りの映画「大怪獣バトル・ウルトラ銀河伝説」を見にマイカルワーナーへ。
ウルトラマンの故郷「光の国」が、反逆児ウルトラマンベリアル(ウルトラマン初の悪の戦士)率いる怪獣軍団によって壊滅状態に。そこでウルトラマンセブンの息子、「ゼロ」が戦いを挑むという設定であるが、戦闘シーンは「マトリックス」を超えるカンフー&ワイヤーアクションでなかなか見応えあり。劇場内は俺ら同様「父と子」がほとんど。怪獣やウルトラ一族が出るたび「あ、バルタン星人!」「見て、ゼットンだよ!」「ウルトラマンレオじゃあ!」などとあちこちのチビッコから声が上がる。俺にとってもピグモンやカプセル怪獣の登場は懐かしく、思わず腰が浮きかけた(笑)。唯一気に食わなかったのは、ウルトラマンキングの声を小泉元首相がやっていたことぐらいか。映画終了後は、当然のごとく階下のオモチャ売り場でゼロの人形を買わされましたとさ。

ラジオへの熱い思い (2009.12.11)

午前中、ラジオ。
放送終了後、局長としばしミーティング。俺のラジオへの思いをFMちゅーピーへの提言も含めて率直に語る。局長からも湘南ビーチFMが実施している超先進的な取り組みを教えていただいた。局長がおっしゃるようにラジオにはまだまだできること、社会的な役割があるはずだ。俺は広告屋だからかもしれんが、クライアントには想定以上の満足をお返しするのが当たり前と思って仕事している。それがわかっていないパーソナリティが多すぎるのじゃないだろうか。「ま、こんなもんだろう」という姿勢では、その先の地平をイメージすることは絶対に不可能なのだ。

*写真:一昨日の日報に書いたメタボなメダカ衆。

二人目の入門者 (2009.12.10)

昼前より、心体育道小林道場2人目となる入門者Iさんの初稽古。指導者になってわかったことだが、心体育道のメソッドは、実に教えやすい。理にかなっているからだろう。

午後より企画業務。「これやったら面白いじゃろうに」と誰に頼まれるでも無く夢想していたアイデアがビジネスとしてカタチになりそうな気配。
合間にプロダクションさんや広告代理店さんとデンワでやりとり。「今月中旬からヒマになる」という読みは完全に瓦解、スケジュールがみるみる埋まっていく。
メタボなメダカ、、、我が家にチェロがやってきた、、、 (2009.12.09)

この二日間で新規案件5本。有り難いこってすね。

さて、夏にお向かいのイイダさんからいただいた5匹のメダカ衆。最初はミジンコより少し大きいくらいの稚魚だったのがすっかり成人したはいいけど、ちょっと食わせすぎたのかしら、シルエットは「子持ちシシャモ」状態。どうやってダイエットさしたろうかと思案中。

いただいたといえばもう一つ。オタマがバイオリンの生徒さんからなんと、チェロをゲット。「もう弾かないから」ということらしいけど、チェロが我が家にやってくるとは想定外。ギター、ウクレレ、ティンホイッスル、口琴、バイオリン、ピアノ、アンデス25F(ピアニカみたいなヤツ)、ブルースハープにチェロが加わり、なにやら俺も嬉しかったりする。

*写真:オタマのビミョーな演奏に、空き箱を改造した自作のタイコでセッション参加するセガレ。

脳内ビジョン (2009.12.08)

午後、心体育道マンツーマン指導にかかるまで、エアポケットに入り込んだかのような妙に現実感の無い時間を過ごす。10月から丸二カ月続いた尋常でない激務は、立ち上がりの悪い俺の62年型情報解析装置の処理能力をブラッシュアップしてくれたのか、ボサ〜ッとしていてもとりとめもなくインスピレーションが降りてくる。聖徳太子みたく、10人の話しを同時に聞く芸当はできぬものの、多い時は6、7つの脳内ビジョンを同時に「見て」いることがある。ま、これ以上は語るまい。「ついに頭が、、、」などといわれるのがオチですから。けけけ。
価値ある一勝 (2009.12.07)

朝っぱらからデンワでの打ち合わせ、企画、執筆、請求書起こしなど息つく暇無く猛然とこなし、ふと時計を見ると昼になっててビックリ。しかもパジャマのまんまだったりする。大丈夫か俺。

夕方、某広告代理店担当者さんからトピックス。俺を含むフリーランスで組んだ傭兵的チームと某デザインプロダクションで半々で交互に請け負っていた仕事が、クライアントのご指名により来年から俺らのチームのみで全てやらせてもらえることになったと。我がクリエイター部隊は、企画&ライター(俺)、カメラマン、デザイナー各1名。この少人数で、多勢のプロダクションに勝利したのだから快挙といっても良かろう。デザインでも内容でも充分イケてると思っていたが、ちゃんと評価され、嬉しゅうて手が震えたで。もちろんラクして勝てたわけではない。毎回、背水の陣を敷いて、全力で挑んだ結果。これよこれ。この気構えを忘れずにいきたい。
広島の顔 (2009.12.06)

仕事してもよかったが、週明けは少し余裕があると判断し、休日にす。
で、カマラマンA氏からもらったタダ券で現代美術館にて本日まで開催中の荒木経惟「広島ノ顔」を見に行く。知り合いの顔をいくつか発見。荒木サンが撮ると、なんでもない連中でさえアートになる?いやいや、一見なんでもないかもしれない顔に確かに潜んでいるアートな部分を見いだし、照射するところが、やはりスゴイではないか。「みんなちがってみんないい」といったのは、みすずさんでしたっけ?広島、マジでいい顔だらけです。

夕方より、当オフィスにて重役会議。っつーか、重役、秘書、営業、雑用すべて俺一人兼任ですけど。今のうちに片付けておいたほうがいい、なんやかやがあるんス。

キャッチボール、、、ダメもとはダメ、、、 (2009.12.05)

朝。家の前の公園でセガレとキャッチボール。12年前、俺は右肩の靭帯を切っているのだが、頭上に高くフライを投げた瞬間、グリッと痛みがきてそのことを思い出した。「ボールを投げる」動作は反自然的な動きなのかもしれん。心体育道やカヤックのパドリングには全然問題がない。しかし、嬉々としてボールを追うセガレを見ているうち痛みは消えた。

終日、通常業務。
自主提案に近いカタチでプレゼンしたものが、実際に仕事として結実するケースが最近増えている。「ダメもと」という言葉があるけど、こんな半端な姿勢ではうまくいかん、というのがわかってきた。それより「たぶんイケル」いや「絶対とったる」ぐらいでないと。うまくいってる連中は、ほとんどが超能力者だ。「念ずる力」の強化からすべては始まる。

レ・ミゼラブル (2009.12.04)

午前中ラジオ。
放送終了後、局長に声をかけられたのをいいことに、俺の頭のなかにある、新番組の構想を5分でプレゼン。興味を持ってもらえたようで、一週間後に詳細を打ち合わせることが決定。言うてみるもんである。

午後より、雑務。のつもりが、たまたまBSをつけたら「レ・ミゼラブル(1995年フランス映画)」がちょうど始まったところで、まんじりと3時間見入ってしまった。この作品、ヴィクトル・ユーゴーの原作を映画化した通常のものではない。ジャン・バルジャンと実に良く似た生い立ちの主人公アンリ。彼の第一次大戦から第二次大戦終了後の激動の人生を、レ・ミゼラブルのストーリーになぞらえながら展開するという大胆な構成で、原作を遥かに上回る緊迫感があった。途中で気付いたのだがアンリ役をジャン=ポール・ベルモンドがやっているのも嬉しい発見。これ、生涯映画ベスト10に堂々のランクインです。DVDが出ていないのが惜しい。
今田酒造 (2009.12.03)

某Webサイトの取材で、安芸津の今田酒造を訪問。熊野から黒瀬へ抜ける山間ルートをチョイスしたのだが、取材クルー兼ドライバーS氏のラリーレーサー然とした韋駄天走りのおかげでなんと1時間で到着。WebデザイナーY氏は車酔い(笑)。
老舗の蔵、今田酒造を強力に牽引する女性杜氏である今田美穂さんのハナシはブッチギリに面白く、おまけに帰りがけにはお土産として取材クルー全員に「おりからみ本生」をプレゼントしてくださるなど、収穫多い一日となった。
隆盛期には16もの蔵があった吟醸酒発祥の地、安芸津も、今では今田酒造を含めわずかに2つを残すのみ。だが、品質と品格に徹底的にこだわる今田酒造には確かに未来がある。この取材の詳細は、後日某サイトにアップされるので、そんときゃここでインフォメーションしやす。

山里の秘密 (2009.12.02)

終日、心地良く、すったもんだ。
先日参加した、某モニターツアーでの興味深いエピソード。初日の1000m級登山のガイドは、エベレスト登攀にも成功した有名なクライマーだったのだが、登山口までの貸し切りバスで隣り合わせになり、彼から中国山地の限界集落に関する、にわかには信じがたいハナシを聞いた。街での暮らしを拒否し続けて山を決して下りようとしない人の中には「平家の落人」が少なからず居るのだと。いまだにずっと「山を下りたら殺される」と心の底から恐れているのだと。「平氏にあらずんば、人にあらず」の信条に従い、由緒正しき平氏の嗜みとして、たとえば書道などの文化的特技の修練に励んでいるのだと。その血筋の証明として、900年間綴られている家系図を現在も毎年律儀に更新しているのだと。
そんな「秘密」をなぜクライマーの彼が知り得たのか。山登りのベースキャンプにするつもりで限界集落の農家に頼み込んでタダ寝させてもらっているうちに仲良くなり、ある日、ふと、「実はねぇ」と教えてもらえたらしい。「その数が1軒や2軒じゃない」とか。真贋は別として、俺はこのテの寓話が大好きである。っつーか、知ったかぶりの都会モンの目を900年もの長きに渡り、まんまと欺き続けている平家の末裔が居ると考えるだけでもワクワクするではないか。いや、痛快だね。いいぞ。

*写真:一見アホ、しかして、よくよく見ればやっぱり悲しいほどアホなのかもしれないこの私でさえ、さまざまな血が混じり合っている。なかには賢いご先祖様もいらっさったことでせう。嗚呼、なんという悠久のロマンでありましょうか。

固定資産税査定 (2009.12.01)

午前中、固定資産税の査定のため市役所から担当氏2名がやってきて、宅内をくまなくチェック。いや、実におそろしかばってん、年明けてからなんぼ出せ言いよるかわからんとです(何故か九州弁)。しかし、「一生賃貸が絶対トク」とは思わん。人それぞれ、価値観の尺度もライフスタイルも違うのだ。受けて立つぜ市役所さんよ(すごく小さい声で)。

*写真:昨日、某モニターツアーのアウトドアクッキングで、竹筒で炊いた飯を同じく竹で作った皿とハシで食すの図。我が親は俺が小さい頃から彫刻刀や小刀で工作するのを熱烈に推奨してくれてたし、幼稚園から15歳まで五右衛門風呂焚き付け奉行に任命されていたこともあり、不詳春駒、火起こしの技術やナタなどの扱いにも相当長けておりまする。俺がたいていのことに「なんとかなる」というスタンスでいられるのは、案外こんな「原始ぢから」が身に付いているのかも。

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