Far East Lounge 三代目春駒小林一彦オフィシャル 小林一彦イラスト

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2006年08月の日記

給水作戦その2 (2006.08.31)

呉地区の断水から5日が経過し、本日夕方、吉浦に住むオタマの両親宅へ2回目の給水出張。と、現地に到着し愛車「バッキャロービギン号」から満水のポリタンクをワッセワッセと降ろしていると、友人U氏よりデンワ。彼は先日俺の日報の断水に関する記述を読み、いち早く呉市役所の給水支援ボランティアにエントリーしてくれた義理堅い男でもである。
「春駒さん、島しょ部を除いて明日夕方から断水が解除になるらしいですよ!」
吉浦が明日夕方から断水解除になることは数時間前に聞いていたが、呉のほぼ全域も含まれるとは朗報ではないかいな。特に吉浦や天応は人ひとりがやっと通れるほどの細いアップダウン路地が多く、住民の大半を占める高齢者の身体的負担たるや、、、、想像するだけで気が重い。そうかぁ、断水解除か。それはよかったど。まずは一安心ど。

ミュージシャンの課題 (2006.08.30)

終日執筆。

このところずっと頭から離れないテーマがある。俺はこの夏、県外からのアーティストを招いて、数本のコラボライブをやってきた(そのファイナルが今週金曜日スタジオDUCKでのBoogie太三氏とのジョイントになるわけだ)。コラボとはいえ、この飽きられやすい広島においては有名無名に関わらず、地元ミュージシャンがひと月に何本もライブやってコンスタントに集客するというのは、自滅行為に近い。それを充分承知のうえで、じゃ、どうすればお客さんが喜んで足を運んでくれるのかをあれこれ思案の末、まずは俺自身の問題として、毎回、極力構成を変えることを決め、実践した。そしてもうひとつが、非常にオーソドックスながら徹底的にメールや電話でライブ告知をするということ。メールもメーリングリストを使っての一斉送信はやらなかった。手間ひまかかっても、部分的にその人だけに送る個人的メッセージを一文添えるだけで、熱意が伝わると信じたからだ。おかげで数百通送るのに睡眠不足になるほど時間を要したし、頭が混乱しメールの送り漏れも発生(笑)。しかしそれなりの集客成果があり、県外アーティストへのギャラも確保できている。
で、前述したテーマというのは「いかにすれば、人はその商品(この場合、音楽)にオカネを払う気になるか」だ。まったく、広告表現のプロフェッショナルでありながら、自分をどう売り込めばいいのかはいまだにようわからん。また、俺の回りのミュージシャンもどういうわけか才能のあるヤツに限って、そのようなプロモーション活動にまるで無関心なのだ。
俺自身いい演奏をするために、これからも少しでもましな曲を作りたいしスキルも磨いていくが、売るための努力や工夫を怠っていては、どんなに才能のあるミュージシャンであっても疲弊していくだけのような気がして怖い。売る、ということばに抵抗があるなら「存在を知ってもらう努力」と言い換えてもいい。っつーことで、課題を克服すべく、俺はこの秋より練りに練った、、、、いや、まだ内緒にしとこ。うひひひ。
デュアルメディア構想、、俺の売り込み、、立ったり座ったり、、 (2006.08.29)

終日執筆。
その合間、近い将来始動させたい2つのメディア事業(便宜上「デュアルメディア構想」と名付けた)に関するイラスト入りのイメージシートを手描きで制作。ふむふむ、このように(どのようにじゃ?)図にすると、イケてる部分そうでない部分が浮き上がってくる。これを見せるだけで協力をあおぎたい人物にもビジョンが明確に伝わるだろう。

一方、数日間どうにも攻略できず難儀しているのが、某クリエイター専門サイトにアップ予定の俺の紹介記事。自分自身を客観視することは苦手ゆえ、しばらく前に同業者ライター女史の取材を受け、彼女から見た<コピーライター:三代目春駒小林一彦>を表現してもらったのだが、あがってきた確認原稿を読んで、大きなポイントのズレを認め、これじゃまずいと判断。ライター女史に責任はまったくなく、それどころか、とりとめのない俺のコメントをよくぞここまでバランス良くまとめあげてくれたもんよ、サスガ!と感心したぐらいだ(マジ感謝しとります)。が、この記事では、俺に仕事をオファーする人間はいないと言い切れる。このサイトの役割は、閲覧者に対しコピーライターとしての俺を魅力的に売り込み、実際に仕事を発注させることにある。逆にそうでなければ作る意味はゼロ。で、結論。やっぱ自分で書くことにした(笑)。強力でシンプルでわかりやすいヤツをブチかますぜい!(もうひとりの自分が「ほどほどにね」と囁く。アイアイサー!!)

金曜日のスタジオDUCKでのBoogie太三氏とのジョイントライブ(詳しくは当HP「NEWS36.5」参照)、俺は今回久しぶりに前半イスに座って演奏することにした。腰が痛いわけじゃないで。座ってやらんとリズムがうまくとれない曲をやることにしたんじゃい。で、いつも座り慣れている「喫茶こばやし」のカウンター用イスを持っていくど。そこまでこだわっとるど。ところがそのあとにちょこっとだけ使うウクレレが、なぜか座りじゃしっくりこんのよ。結局、立ったり座ったりと忙しいライブになるでちゅ。みんな来てね。
給水支援の輪、、、今週金曜、、、 (2006.08.28)

昨日、3週間にも及ぶ長期の断水生活を余儀なくされた呉周辺地域を憂慮し「今、俺は自分に何が出来るか、しなければならないかを真剣に考えている」と当日報に書いたところ、それを読んだ某氏より給水活動賛同のデンワ連絡があった。以前、NHK特集番組の中で、ベネチアだったと思うが急峻な斜面にへばりつくように立ち並ぶ家屋密集地で、足腰や心臓の悪い高齢者のために、買い物の代行を請け負っている若者のことが紹介された。その、階段が迷路のようにジグザグに伸びるロケーションを見ていて「焼山や吉浦に似とるのう」と思ったものである。今、そこがまさに長期断水に見舞われているのだ。なんとか手助けしてあげたいもんだ、ホントに。

金曜日に迫ったBoogie太三氏(from東京)とのダックでのジョイントライブに向け、なんとなくステージ構成を考える。今回はBoogie氏がギター一本のブルース&ロックンロールスタイルなのを意識するわけではないが、俺もブルージーに迫ってみたい。そんな気分なんだよ。

*写真:オタマの家事サポート活動に積極的に従事するクー。しかもクマの子守りをしながらという「おしん」スタイルが泣かせるではないか。

給水部隊出動 (2006.08.27)

一昨日、広島県営水道送水トンネル崩落事故が起こり、呉や江田島など2万5000世帯が断水。しかもそれが2、3日の辛抱ではなく、復旧までに3週間もかかるというから始末におえん。やれやれ気の毒に、と思っていたところへ、昨日より一泊の予定で実家の吉浦へ帰っていたオタマからデンワ。
「ここも断水なんよぉ。水を入れるポリタンクを持って来てくれんかねぇ」
「マ、マジかいや?!」
聞けば、実家から徒歩2分の吉浦小学校が臨時給水所になっているとか。しかし、たとえポリタンクを届けたとしても、腰の悪いオタマの両親がわずかな距離とはいえ、車も入れんような細く急なグネグネ路地をエッチラオッチラ運ぶことは完全に不可能。そこで給水所は無視し、俺が給水人夫となり、数日おきに段原から宅配する策を提言。
幸いなことにプロフェッショナル・アウトドアーズマンを自負する俺はそのテの給水タンクを売るほど持っている。念のため、予備タンクを某ホームセンターで買い足し、合計20Pを7本、それに飲料水2P1ダースを愛車「バッキャロービギン号」に積んでいざ吉浦へ。それにしても水っつーのは重いもんダスな。軽自動車には相当酷だったようでブレーキは効かんし、コーナーではヨレまくるしで、ヒヤヒヤしながら配送。途中、腰の曲がったバアチャンが手押し車にタンクを1コだけ積んで運んでいる光景と何度も遭遇。この炎天下、年寄りには1コ運ぶだけでも気の遠くなるような重労働に違いない。若者の姿をほとんど見ないこの地域で、セルフサービスは絶対無理だぜバカヤロウ。大地震の被災地でも、避難所にはとりあえず水も電気も食料もある。数週間断水なんてのは聞いたことがない。これからの3週間、かの地においては極めて深刻な困難が待ち受けている。本当に憂慮すべき事態。今、俺は自分に何が出来るか、しなければならないかを真剣に考えている。

棹・三味2006 (2006.08.26)

夜、薬研掘スマトラタイガーにて重要無形文化財指定保持者、野澤松也(太棹三味線)、梶山シュウ(フレットレスベース)、そして俺(ウクレレ)による「棹・三味2006」開催。
先発で俺が30分。お次にチューピーこと梶山シュウが30分。そして〆で野澤松也氏が1時間半。構成を担当した本人が言うのもなんだが、三者三様、それぞれが自らの目指す地平に向かって渾身の「音」を紡ぎ出すその飽くなき求道心&遊び心、、、、素晴らしかった!おそらく今夜、広島の繁華街の片隅で、世界に冠たる極めて稀なコラボ現出となったであろう。梶山の突然変異ぶり、松也師匠の伝統に裏打ちされた不動の超絶テク。そして俺の、、、、なんだろう(笑)。とにかくエカッタす。
客は70%の入りでイマイチだったけど、反応はすこぶるよろしい。意外にも、俺が梶山と途中セッションする際使用した口琴もけっこうインパクトあったようだ。もっと練習しとこ(笑)。

メールトラブル、、交流プラザでライブ、、チャック氏送別会、、 (2006.08.25)

数日前より、俺のPC宛にメールを送ると

このメールは上記の宛先に
対して送信できませんでした。
宛先に間違いがないかご確認ください。

、、、というようなメッセージとともに送信者へメールが送り返されるというトラブルが続発。実際にはメールは俺にちゃんと届いているのだが、同じ内容のメールが何度も送られ「おかしいな」と思っていた。試しに俺のケイタイから打ったらやはり同様のリアクション。そこでサーバー会社、システムの専門家、某デオデオのMac担当者にも相談。しかし、サーバーには問題無し。ウイルスでも無し。専門家諸氏も「そのようなトラブルはいままで聞いたことがない」と首をかしげるばかり。と、当HPのWEBマスターKクンが「もしかしたら」とある些細な問題点に思い至り、ちょちょいのちょいと操作すると呆気なく解決。あはははは。なんじゃい、そういうことじゃったんかい。え、どうことじゃったかって?言わんもーん。秘密じゃもーん。だって恥ずかしいんじゃもーん。でも、原因をズバリ言い当てた人は、「5泊6日ハワイの旅」をプレゼント、、、してくれ、俺に!

夕方、中区の広島市まちづくり市民交流プラザ6Fホールにて野澤松也&橘凛保氏の「創作浄瑠璃の夕べ」にソロでゲスト出演しウクレレ一丁で「Dreamin'」「その男ヨシオ」を熱唱。お客さんは50人ほど。それがほとんど「老人クラブ?」と見まごうくらい年齢層高し(失礼!)。ライブ終了後、思いっきり意外なことに、オジイチャン、オバアチャンに囲まれ「感動しましたよぉ!」「素晴らしいことやっておられる」などと多くの讃辞をいただく。なかには「ものすごいインパクトじゃった」とおっしゃる老婦人も(笑)。

その後、宇品の廣原先生宅での米国人チャック氏の送別飲み会に参加。チャック氏は2年前来日し、家族5人揃って心体育道に入門。アメリカに帰っても稽古を続けて欲しいなぁ。

*写真:交流プラザホールでリハ中の野澤師匠。

一流の風格 (2006.08.24)

終日雑務。

昼過ぎ、中区の交流プラザで、カメラマンの宮本佳子女史、広島入りしたばかりの野澤松也師匠、橘凛保さんらと会い、軽く打ち合わせ。松也師匠と会うのは一年振りだが、やはり無形重要文化財ともなると、立っているだけで絵になる(笑)。廣原先生同様、一流の武道家にも共通に見られる<正中心>がピシッと定まった佇まい。本物の<型>とは決して硬直したものにあらず、このように全方位にゆったりと潤っている。そしてそれは年を経るごとに澄み渡り、深みを増す。俺にはまだ遠いわい。
いよいよ無形文化財保持者と、、、 (2006.08.23)

終日執筆。

今月に入ってやらかしたライブ「まよなかしんやライブ/@PICO」「Far East Lounge&ONSENS 暴走18切符をキミに/@スマトラタイガー」などは、俺が発起人だったため、それなりに集客に奮闘努力し大成功を納めたのだが、今週末に迫ったスマトラでの「棹・三味2006」は、メインゲストである野澤松也師匠ご自身から依頼を受けて企画したもの。昨年、「まちづくり市民交流プラザ」で彼と橘 凛保さんが自主企画で開催した現代浄瑠璃ライブでは100人もの来場があり、こりゃ俺がヘタに人を呼ぶと、座りではキャパ50人あたりが限度のスマトラでは収拾がつかなくなるわいと、遠慮しておったところ、数日前、橘さんからデンワがあり、今回は彼らに客を呼ぶアテがほとんどないことが発覚。わはははは。
引き攣り笑いしてる場合ではない。なにしろ、無形文化財保持者であり、浄瑠璃太棹三味線の第一人者、野澤師匠の演奏は素晴らしいを越えて神憑かっているのだ。広島の原爆を題材にして橘さんが書き下ろし、野澤師匠が曲をつけた「カンナの花」など掛け値無しの最高傑作なのだ。なにしろこれを是非広島で、しかもライブハウスでやってみたいというお二人の心意気と柔軟な発想が嬉しいではないか。これを多くの人に見てもらわずしてどうするよ。このままじゃ三代目春駒、男がすたるぜよ(とっくにすたっとるってか?!)てなわけで、現在猛烈にライブ告知展開中。マジ、すごいんだって。こんなコラボ、国内どころか世界でもお目にかかれないクオリティと自負します。チューピーこと梶山シュウも魅せてくれるだろうし、俺も一発目に新曲を用意した(やるかどうかは当日決めるけど。笑)。みなさん、おいでませよ〜!!

8月26日(土)広島市中区薬研掘「SUMATRA TIGER」『棹・三味2006』
*出演/野澤松也(太棹三味線)、梶山シュウ(フレットレスベース)、三代目春駒(ウクレレ)
*開場/PM7:30
*開演/PM8:00
*料金/2000円(要1ドリンクオーダー)
*場所など問い合わせ/SUMATRA TIGER 082-249-5678
http://www.sumatratiger.com/index.html

*写真:オタマのススメで鼻用の毛穴パックをためすの図。なんか、、、イヌみたいじゃねぇスか?

捻り鉢巻き、、、飲み会、、、 (2006.08.22)

終日事務作業。その単調さゆえ何度か挫折しそうになり「こういう時は捻り鉢巻きじゃの」と、バンダナでやってみたらばけっこう効果あり。医学的根拠があるのかも。

テレビは各局とも<早実>フィーバー。俺も試合には感動したが、それでも所詮は高校生の試合だぜ。毎度のことながらこのマスコミのチンケで病的な煽りが気色悪い。特にテレビは創造力が欠如している。重症だ。

夕方、的場の某居酒屋にて飲み会。U氏の呼びかけで、会計士H氏、U氏のコーラス仲間の女性二人、デザイナーG嬢が参加。興味深い話がいろいろ聴けた。
耳が、、、 (2006.08.21)

数日前、耳掃除をしていて左耳の穴の真ん中辺をちょっと傷つけてしまった。で、今朝方、左耳に妙な圧迫感を感じて綿棒でホジホジしていたら「グポッ」というくぐもった音とともにまったく聴こえなくなる。昔、クレー射撃をやっていた頃に使用していた射撃用ヘッドフォン並に聴こえん。歯を噛み合わせるなど内側の音は微かに聴こえるので鼓膜を傷つけたわけではないようだが、大いに狼狽え、朝イチで近所のH耳鼻科へ。診察の結果、先日傷つけた箇所から出た血液が残っていた耳あかと混じり(汚ネー!)耳坑に<フタ>をしていたことが判明。細い金属製の器具で吸引してもらったら一発で祝・開通。しかし、最近の耳鼻科もハイテクじゃわい。耳の穴の「before」「after」を解像度の高い拡大カラー画像でモニターできるのである。ますます「オエーッ!」でござんした。ま、これなら患者は納得&安心だわい。

一難去ってまた一難。耳鼻科から帰って、レギュラー担当している某TV番組のダイジェスト原稿を書こうと、先週土曜日に録画したはずのビデオをチェックしていると、前半の数分でブッツリ。タイマーの誤作動かテープのトラブルか不明だが、今年2回目。プロにあるまじき失態である。局の担当ディレクター氏に泣きつき、ダビングを依頼。バックアップ体制を再構築する必要あり。
一瞬の夏、、、DUCK24周年、、、 (2006.08.20)

今日もまた、終日クーとお留守番。昼寝をさせている間に、TVで駒大苫小牧×早稲田実業を見る。決勝にふさわしい手に汗握る見ごたえのあるゲームで、延長15回でも決着つかず、明日再試合。最近の高校野球には前時代的な<根性>テイストが薄れ、選手にも監督の言われるがままではないのびのびとした自主性も感じられ好感が持てる。この中の何人かはいずれプロへの道を歩む可能性もあるが、ほとんどが野球とは関係のない仕事に就くことになるのだろう。一瞬の夏。いい試合だった。ありがとう。

夜、スタジオDUCK24周年記念イベントにソロで出演。去年同様、ウクレレ「コベイション」だけ持っていき、軽〜くやるつもりが、お客が大入り満員にて大いにビビる(笑)。

「Dreamin'」>「アカバナー」>「月の下ジントヨー」>「雨のラブホテル」

以上4曲。リアクションは、まずまず。
「ウクレレ一丁で身軽でカッコイイですね!」と今日も言われたが、実は、これほど緊張を催すセッティングはないのだ。俺は「音楽とは殴り込みである」との信念のもと、この20数年間を息も絶え絶えにジグザグしてきたが、これまで使ってきたアコースティックギターやテレキャスターが「マシンガン」あるいは「日本刀」であるなら、ウクレレはさしずめ「ドス」といったところ。技術以前に体ごとぶつかっていく「殺ったるけぇの!」的なクソ度胸と体力がなければとても扱えないのである。

さて、俺のあとに出演した、DUCKの女ボス、チカチャンバンドも迫力あったど〜。バストのサイズ推定115
cmと噂される爆乳を「日本沈没」のごとくユッサユッサと激しく揺らしながら、ジャニスやボニー・レイットのナンバーを歌う様は、まるで関取の土俵入り(笑)。がははははー。あと100年は持ちそうじゃん。これからもよろしく頼んだで、チカチャンよ!

No.1ホスト (2006.08.19)

一応ギョーカイの人間のくせに俺のケイタイは普段はめったに鳴らん。なのに8月に入ってから頻繁で、しかもその半分以上が県外からのコール。今日も東京や京都などから数件着信。この2カ月、県外からのミュージシャン、作家など延べ約十数名のホスト役を請け負っているが、今のところはうまくいっている。千秋楽は9月の1日。猛暑に耐え、なんとか完走を目指すぜい。

オタマが昼から仕事に出かけたので終日クーの面倒を見る。最近、かなり言葉が話せるようになり、意志も細かいニュアンスまで通じ合える。今、彼の目には世界はどんな風に映っているんだろうね。

なんか妖怪? (2006.08.18)

遅ればせながら今年下半期のプランを詳細に書き出して、頭の中を整理するつもりが、やりたいこと&やらねばならないことがあれこれ予想以上に浮き彫りとなり、かえってパニくる始末。ううむ、マネージャーが欲しい。

東京から弟のユーチャンが遅い盆休みで帰って来る。ヤツのハナシだと数日前、伊豆の某キャンプ場にて、うまれて初めて金縛りに会い、しかも人間ではない<なにか>を見たと言う。それは2才児くらいの大きさで色は真黒、というよりもブラックホールのような深い闇。テントの中をゆっくり一周して消えたらしい。奇しくもやはり先日、音楽仲間の椎名女史が、広島県北の某キャンプ場で、これまた真黒のモノノケとしか言い様のない異形の者と出会っている。こっちの目撃者は二人。
俺はそのテの影を実家の「喫茶こばやし」で過去2度程見ている。一回目は20才の夏。恐ろしく蒸し暑い夜、そう、深夜3時あたりだったか汗だくで目を覚ました時、そいつは俺の足元にいつのまにか立っていた。シルエットは、髪が長く、なかなかにグラマラスな女性。「え、こんな時間にオンナ?どこから入った?」などと逡巡した瞬間に金縛り。同時に足元からスーッと接近して来るではないか。俺の上を移動しているはずなのに、体重を感じない。と、ヤツは息が触れ沿うなほど顔を近付けてひとこと「おまへ、、あひたどうなりゅか、、おひえたろふか?」とのたまいやがる。「おまえ、あした、どうなるか教えたろうか?」と言いたいのか?それも女にはあるまじきドスの効いた重低音ボイスで。いや、ホンマに心底ビビったが、それを上回る怒りの感情が俺の血管内を猛烈に駆け巡り、金縛りがあっけなく溶解。身体が自由になった俺はハネ起きるやいなや「今何時じゃ思うとるんならぁ!」とごもっともな反撃の雄叫びを浴びせつつ影に向かって枕を投げつけ間髪入れず前蹴り&中段逆突きのコンビネーション速射を見舞う。が、すべて手ごたえ無し。っつーか、跡形もなく消えちまいやがった。それが決して夢ではないと確信したのは投げた枕が網戸を突き破り、表の道路まで飛んでいたこと。
後日、某書店にてたまたま手に取った小学生向けの「妖怪イラスト大図鑑」を眺めていたところ、あるページで目が釘付け。そこにヤツが居た。恐怖に仰け反っている若いサムライに覆いかぶさろうとしている全身真っ黒の女。名は「くろおんな」とある。そのままじゃんか(笑)。しかもどういうシチュエーションでそれが現れるかという解説を読んで海より深〜くナットク。いわく「しばしば欲求不満の独身男性の部屋に出没」とある。ここまでズバリ言われるとかえってスガスガしいぞ。うむ、「妖怪くろおんな」は実在する!しかし、これ、小学生向けだろが?欲求不満ウンヌンなんて書いていいのかよ(笑)。
さて、2回目の登場は、、、、また日をあらためて。つづく。
台風、、、雨のラブホテル、、、 (2006.08.17)

終日執筆。台風が近づいているせいか、ソワソワする。不謹慎と思われるかもしれんが、甚大な被害をもたらすタチの悪い一部のものを除き俺は台風が嫌いではない。沖縄に住むばりばりのウチナンチューもほとんどが台風好きだ。これを打っている今頃(17日PM6:10)、「こりゃ、デッカイのがくるよ〜」などと喜色満面で雨戸の準備や鉢植えの取込みなど対策に終われているのだろう。あ、今度の10号は沖縄ではなく、宮崎沖から攻めてきてるんだったスね。

最近作った曲のうち、初めて沖縄音階にチャレンジした「アカバナー」がかなり評判いいのに対し、オトナのラブソング「雨のラブホテル」はいまひとつリアクションがない。切ないメロディになんとも艶かしい歌詞がうまく乗り、久しぶりの「売れ線」と思ったのににゃー(笑)。ま、「カプチーノもう一杯」だって作って2年間はほとんどホメられたことないし、のんびりしつこく歌い続けまひょ。新曲もどんどん作りますけぇ。
俺が小説に?! (2006.08.16)

敬愛する某女性作家の方が、なんと俺をモデルにした人物が登場する短編小説を書いてくれた。しかも舞台は広島。どうやら近々月刊文芸誌に掲載されるようなのだが、メールで送られて来た確認原稿を読みながら「ああ、あの時たしかに俺はこんなことを話したわい」と、彼女の観察眼、表現力に驚愕。っつーかコワイほど(笑)。あくまでフィクションだから、まるっきり俺というわけではないけれど、春駒フレーバーはかなり反映されていて嬉しいような気恥ずかしいような。しかし、彼女と半日デートしただけで、こんな味わいのある物語が作れてしまうなんて、やっぱりスゴイ。人間、生きていれば予想もしない面白いことがあるもんじゃわいのー。

一カ月振りに、再び東京の某大手代理店>デザインプロダクション経由で仕事が来る。こんなふうに県外からどんどんオファーが続けばいいなぁ。広島は住む場所であるけど、仕事は県境を跨ぐと気持ちが逸る。

ひとつのカタチじゃ踊れない (2006.08.15)

本日、公約通り小泉クンが靖国神社に参拝。「公約」っつーてもな、自民党総裁選出馬の際の自民党内部でのものであって、それがそのまま国民への約束になるとは思えないのだがね。
俺はここ数年、「靖国」の問題に関していろいろ独自に勉強してきたが、賛成派、反対派、双方もっともな言い分があると感じることもあった。少なくともそれぞれの歩んで来た人生なり価値観を考慮するに、俺は参拝を支持も糾弾もしない。「御霊」に関することだ、純粋に魂を弔う気持ちがある人は参拝すればいい。ただ、俺はこういう問題が大きくなればなるほど、「国家」というシステムの限界を感じる。随分前、佐野元春はたしか「99ブルース」という曲だったと思うが、その中で「ひとつのカタチじゃ踊れない」と歌っていた。そのフレーズだけが、今俺の頭の中でグルグル回っている。

ギンガマン (2006.08.14)

「音楽に国境はない」とはよく巷間言われることであるが、俺は音楽や芸術にも国境は厳然と存在するとかねがね思っている。それでもごく稀に素晴らしい歌い手や楽器の使い手が、軽々と国境を跨ぎ越えて見せるから「スゴイじゃん!」となるわけで、こういうことを誰もがしたり顔で口にするのは間違っている。
俺はシンガーソングライターで、ほとんどのオリジナルに「歌詞」がある。はっきり伝えたいことがあるからだ。しかし逆に、言葉では表現できないというか、言葉がイメージの広がりの邪魔をしてしまう場合があることも痛感している。これから俺の音楽表現の中に、言葉の存在しない旋律がたくさん出てきそうな気配。それで国境のみならず、成層圏突破を目論むでおじゃる。青年は、もとい、中年は銀河を目指す。

*写真:キャンプ写真その3。炊事棟回りは数十人の腹を満たすウマイもんが毎年ドッサリ。本来なら使い捨てにされるはずのワリ箸や紙製食器は洗って何度も使い回し、子供達もそれを真似る。地球を愛するミュージシャンとしてきわめて自然な行動なり。「来年はマイ箸やマイ食器各自持参でいこうか」との素晴らしい提案も。

石橋歓迎会 (2006.08.13)

能美島真道山オートキャンプ場「パーカッションキャンプ」二日目。朝の5時過ぎまで椎名女史、ちゅーぴー梶山、しhぁクンらと歓談。その後、クルマに戻って一眠りし、7時に起床。だって車内に朝日がバンバンに差し込んで暑うて寝れんのじゃもん。
午前中はキャンプサイトのあと片づけを手伝い、1時前に真道山を後にする。また来年やりやしょう!
帰りはちーぴゅー号と抜かれたり抜いたりをしながら、気がつけば2時過ぎには自宅着。ああ、明日から仕事じゃわいの。つかのまの休息ではあったが有意義でござんした。

夜は、横浜から帰省中の石橋の歓迎会。ちゅーぴー梶山、ハリケーン永利と、まったく色気のないメンバーなれど、すでに20年来の付き合いなわけで、こいつらと飲むと妙に和むのであった。なもんで強烈な睡魔におそわれイチ抜けさせてもらう(笑)。

*写真:キャンプ写真その2。でっかいタライでビールを冷やす。これが一番うまいっす。

2年ぶりのパーカッションキャンプ (2006.08.12)

Far East Loungeの豪腕パーカッショニスト、水木ツン氏主催の能美島真道山オートキャンプ場「パーカッションキャンプ」に2年ぶりに参加。年一回、ここでしか顔を合わさないミュージシャンも多いが、ごく親しい仲間内だけでの恒例音楽イベントは、ことのほか愉しいもんである。
で、俺らの出番は、やっぱりラス前でAM1:00だったりするのである(泣)。オベイション「銀次郎」も持って行ってたが、結局ウクレレだけで5曲。

「ハナレイムーン」>「アカバナー」>「星の波間に」>「雨のラブホテル」>アンコール:「その男ヨシオ」

ちょうど楕円形の大きな月が山の端から顔をのぞかせたので、このようなセットリストに。野外のライブは気持ちよろしどすえ〜。

ライブ終了後は炊事棟の回りに集まり、延々と飲む。話題は音楽のみにとどまらず、互いの性癖、ちょっと内緒のハナシまであれやこれや。結局、東の空が白み始める頃になってみんな渋々テントにもぐり込む。俺はテントを張らずいつも通り車中泊。

*写真:梶山+椎名+佐伯ユニット「ねこのづく」のリハをのんびり眺めるコドモたち。

コレでいいのだ (2006.08.11)

ちゅーぴー梶山が貸してくれたマダガスカル産ミュージシャンのDVD「デ・ガリとバラ族の治療儀式」を見る。超絶ギタリストとの呼び声高いデ・ガリ氏は、かなり西洋音楽風な洗練されたポップテイストを放っており「ふむふむ」という感じだったが、前半で登場した4人組ユニットのほうは久方ぶりのディープインパクトであった。マダガスカル南西部の高原地帯に住みながらウシの牧畜を営む、正真正銘バラ族の<村人>である彼らの存在感といったら、この極東の島国に溢れかえる「メジャーアーティスト」なんてものがすべからくインチキかつ勘違いの産物であることをあらためて思い知らされるほど。まず彼らの弦楽器(下の写真)。一瞬で「手作り」というのがわかる。小学校の工作でこしらえたシジュウカラの巣箱を彷佛させる穴のあいた長方形の箱から、これまたどっかで拾ってきたような不細工なネックが伸び、ヘッドには恐竜の歯そっくりのゴツイ糸巻きが。ボディのサイズもてんでバラバラで、弦も1弦だったり、2弦だったり。しかも冊子の解説によると張ってあるのは「釣り糸」(笑)。これぞギターの<始祖鳥>なり。
しかし、「さっきまで牛の世話してました」的な素朴なたたずまいの4人衆の、その摩訶不思議な弦楽器から叩き出される明るくエッジの効いたグルーヴは、超〜〜〜〜〜極上。そのままアフリカの空、大地、ジャングルへと通じる魔法の箱だ。ふはははは。コレでいいのだ。フェンダーだ、マーチンだ、ギブソンだと有り難がってのるがアホらしくなるぜ。恐るべしマダガスカルミュージシャン、じゃなかった、村人でしたとさ。

トークライブ (2006.08.10)

夜、西区某所SOHOクラブ交流会にて三代目春駒トークライブ。俺は「クリエイターも養殖モノより天然モノ」と題して、予定より30分オーバーの1時間半講演。聴講者は40人弱で、ほとんどがデザイナーや起業家。みんな最後まで熱心に耳を傾けてくれた。終了後は、ありがたいことに名刺交換希望者が行列を成す。
近所の「黄さんの店」で打ち上げ。広告業に身を投じて15年。人前でこのような逆噴射的広告論を披瀝するようになるとはねぇ。いや、俺自身貴重な体験をさせていただきました。牛来女史をはじめ、サポートしてくれたSOHOスタッフのみなさんに感謝。
猛暑 (2006.08.09)

終日、明日のSOHOクラブ交流会講演用の草稿を汗だくになってまとめる。なんとな〜くではあるが、相当楽しめる2時間になりそうな気配がしてきたど。

と、ベランダを見るとユミチャン印のハイビスカスを除く、残りの大きい2鉢の観葉植物(名前失念)が、あまりの暑さに悶絶へなへな状態。たぶん、下のコンクリーからの輻射熱がたまらんかったか。急ぎ、水をかけるも明日になってみないとわからんが、息を吹き返して欲しい。しかし、今年の暑さはどこか尋常ではない。
通常モード (2006.08.08)

起き抜け、数日ぶりにみっちりヨガやって身体をほぐしてから、終日怒濤の執筆。
台風が紀伊半島に近づいてるせいか、空は晴れ渡っているが風がベラボーに強い。昔好きだった「ストリート・スライダース」の「風の強い日」をふと思い出し、口ずさんでみる。

合間、先日スマトラタイガーでやった、Far East LoungeのMD録音を聴く。1曲目とラストでギターのトラブルはあったが、全体的に見ると思ったよりダメージが少なく済んだかも。それに時々チューピー梶山が使っていた秘密兵器、そう、あのホッチキスみたいな形状のヤツだが、あれがブイ〜ン、グイ〜ンとなかなかピンポイントで効いていた。しかし、すごいな俺達は。メンバーがどんな手を繰り出してくるかお互い本番になってみないとわからんのだから(笑)。
八丁念仏、蘇生す (2006.08.07)

昼あたりにのっそり起床。鏡に映ったおのれの腑抜けヅラを見てひとり笑い。まよなかしんやさん、AKIRAさん両雄の来広を端緒に、3日から始まったライブプロジャクトも無事終了。ライブハウスとの交渉、宿の手配(っつーか、全員喫茶こばやし泊だったけど。笑)、アクセスの確保(特にONSENSドラマー、ヤオさんのために瀬戸田の野外ライブ会場からタクシー>高速艇>新幹線でわずか1時間半で広島市入りするルートを思いついたのは我ながらスゴいアイデアだったかも)、ライブPR、その他あれやこれや、ほぼパーフェクト。俺のギターのトラブルを除いて(泣)。
昨日の日報にも書いたとおり愛器テイラー「八丁念仏」はライブ一曲目のイントロ部分で突然沈黙。文字通り自ら念仏を唱えるハメとなりにけり。最初からピックアップが内蔵されているモデルと違い、後付けは配線も複雑だし、こりゃやっぱ俺の荒っぽい演奏に耐えうるのはタフなオベイションしかないのかいなと思いつつ、未練がましくK楽器に持ち込みO店長に診てもらう。と、O店長「クレンザブル」なる接点復活剤をジャックに塗り、突っ込んでグリグリやったなら一発で蘇生。他に異状も見当たらず、単純な接触不良だった可能性が濃厚。ひでぶっ!

*写真:で、買うてもうたでよ、クレンザブルを。少量の割に2000円と高額。これで八丁念仏もオベイション「銀次郎」もウクレレ「コベイション」も、み〜んなまとめてグリグリの刑じゃ。

起承転々 (2006.08.06)

夜、中区薬研掘「SUMATRA TIGER」にてFar East LoungeとマルチアーティストAKIRA率いるONSENS夢のガチンコライブ『10年ぶりのヒロシマナイトフィーバー〜暴走18キップをキミに〜』開催。
座りでキャパが40人のところ、広島だけでなく、埼玉、大阪、沖縄(!)など県外からも多くのONSENSファンが駆けつけ、結局50人の満員御礼。
定刻PM8:30、まずFar East Loungeから。
「サティスファイ・マイ・ソウル」>「テビチ記念日」>「アカバナー」>「星の波間に」>「月の下ジントヨー」>「梶山ソロ」>「その男ヨシオ」>「雨のラブホテル」>「ヨーデル潮干狩り」>「黒いストッキング」>「夫婦蛸」>「ひかりのうた」
1曲目でいきなり愛器テイラー「八丁念仏」が昇天。おそらくはリズムをとるべくボディをゲンコツで殴った瞬間、内蔵ピックアップのジャックがどうにかなっちまったようだ。2曲目以降からしばらくウクレレ「コベイション」を使い、ラストの3曲はタケチャンのオベイションを貸してもらうも、「ひかりのうた」の最中、なんと、今度はストラップがすっぽ抜けるというこれまた今まで経験したことのないハプニングに見舞われてしまった。嗚呼、不細工の極みなり。
しかし、客の反応はおおむね良好。ONSENS目当てのファンからも「『ひかりのうた』で泣いた」「『その男ヨシオ』は生涯聴いたすべて曲の中で最高にカッコイイ」「大阪にも歌いに来てほしい」「ありがとう、という言葉しか思い浮かばない。とにかく全身で感動しました」などと讃辞が寄せられ一安心。
さてONSENS。くわしいセットリストなど、いずれAKIRAさんのHPで公表されると思うので省くが、なんというのか、まるで彼の小説のようなステージだった。起承転結ではなく起承転々。生まれ落ちたひとつの命が、運命の波に翻弄されながら、彷徨い、傷つき、嘆き、呪い、そして光と出会う。オーディエンスはその主人公の渾沌を時系列で辿ってゆく。こういう表現の方法があったのだな。素晴らしかった。
ONSENSのメンバーもそれぞれファンタスティック。タケチャンのギターの上手さ、リュウさんのベースの誠実さ、リエチャンのパーカッションの無邪気さ、ヤオさんのドラムの意外さ。すべてが絶妙に絡み合い、唯一無比、刹那のドラマを紡ぐのだ。これからも、在ってほしいバンド。
途中、ゲストボーカルで登場した田口ランディさんの歌がこれまたキュート(笑)。ランディさんの詞にAKIRAさんが曲をつけた名曲「キャラバン」、是非、市販化を切望します。

打ち上げはツンチャンの店「PICO」で。ONSENSのみんな、ヒッチハイクでやってきた沖縄出身のヒロくん、「路上元気屋」の清田学くん。エトセトラ、エトセトラ。会えてよかったよ。ほんと。

*写真:リハ中のONSENSと田口ランディさん(真ん中)。

日光より、、、クリームライブ、、、 (2006.08.05)

終日雑事に終われる。
昼過ぎ、実家ではなく、段原南の俺宅にAKIRAさんがやってきて、PCで明日のライブのチラシを臨時増刷。俺もちょこっとだけ手伝う。
「ひとりでも多くの人に来てもらいたいからね」とAKIRAさん。そうそう、こういう気持ちが大切なのだ。広島のミュージシャンて、すごくいいもの持ってても「わかる人だけ聴いてくれりゃいい」みたいな姿勢の輩も目立つ。やっぱり知ってもらう努力を惜しんではいかんよな、としみじみ。あ、俺もか。

夕方、ドラマーのヤオさんをのぞくONSENSのメンバー、タケチャン、リュウさん、リエチャンの3人が、遠路はるばる日光からクルマで無事「喫茶こばやし」に到着。の、はずが、その3人に加え、面識のない陽に焼けた目がクリクリっとした青年がいる。
「はじめまして。ヒロといいます」
「はぁ、ヒロくんですか」
タケチャンによれば、埼玉がどこかのインターでヒッチハイクしていた彼を拾ってきたとのこと。
「あの、その、、、ヒロくん、今日の宿泊場所は?」
「特にありません」
、、、、、っつーことは必然的に「喫茶こばやし」泊ということですかな?(泣)
オフクロが半日かかってフトンを必死に集めたのも一歩及ばず「もうフトンが足りん!」と言うので、彼には廊下かどこか空いてるスペースに寝てもらうしかなかろう。

夜、Far East Loungeで薬研掘クリーム「PEACE&LOVE&ROCK」に出演。昨日福山でのライブを終え再び広島に帰ってきたまよなかしんやさんも出演。終了後はしんやさんも当然のごとく喫茶こばやしに向かい、結局今夜のご宿泊は6名様となる。俺はもう知らん(笑)。

さて、6日のライブは以下の通り。スタート時間が「NEWS36.5」に掲載しているのより、30分繰り下がり、PM8:30になりましたので、お間違えのないよう。

8月6日(日)中区薬研掘「SUMATRA TIGER」にてFar East LoungeとマルチアーティストAKIRA率いるONSENS夢のガチンコライブ『10年ぶりのヒロシマナイトフィーバー〜暴走18キップをキミに〜』いよいよゴング!
*PM8:00開場
*PM8:30スタート
*料金/2000円(要1ドリンクオーダー)
*AKIRAさんの書籍やONSENSの音源、グッズも会場で販売します。サインもOK!
AKIRAさん、ONSENSを知らない人は
http://www.akiramania.com/
*場所など問い合わせ/SUMATRA TIGER 082-249-5678
http://www.sumatratiger.com/index.html
人の駅 (2006.08.04)

沖縄糸満産シンガーまよなかしんやさんも、栃木日光産マルチアーティストAKIRAさんも、昨夜のライブ終了後、実家「喫茶こばやし」の空き部屋にご宿泊。午前中様子を見に行くと、ふたりともニコヤカに喫茶のモーニングサービスなど召し上がっておられたのだが、思えばこの店っつーか実家には、これまでの20数年間で一体何人の友人が泊まり、こうして朝食を摂ったことか。50人、、、いや、もっとだ。100人はくだるまいな。何年か先、この店をたたみ、家を建て直して親と同居することが決まっても<ゲストルーム>だけはちゃんと確保したい。うん、「人の駅」だ。
東から、西から (2006.08.03)

昼過ぎ、日光の生んだスーパー天の邪鬼、AKIRAさんがライブ先の大阪よりハイウェイバスで広島到着。夜には沖縄から、シンガーソングライターまよなかしんや氏もタッチダウンし、この三人で、ツンチャンズ・バー「PICO」にてそれぞれがソロでライブ。
育った環境も、歩んだ世界もまったく異なる三者三様パラレルワールド。いや、俺も歌うたいでいられてよかったとしみじみ。友人もけっこうかけつけてくれ、楽しめたようでよかったス。

*写真:熱唱するまよなかしんや大兄。御齢59! 魂のシンガーとは、こういう人のことをいう。サンシンこそ弾かないが、キング・オブ・ウルマー(沖縄)なり。

春駒ツーリスト、、、インチキ判定、、、 (2006.08.02)

ONSENSのAKIRAさんより電話があり、大阪から長距離バスで明日の昼過ぎには広島入りできそう、とのこと。明日といえば、沖縄からもシンガーソングライターまよなかしんやさんがやってくる。宿の手配、バラバラでやってくるその他ONSENSメンバーのアクセスの調整など、「春駒ツーリスト」はおおわらわですわ(笑)。

夜の亀田の試合、なんですかいの?興味深いのは、TBSに雇われた鬼塚勝也、竹原慎二、畑山隆則ら解説陣が「根性でよく頑張った」などと苦し紛れの讃辞を送っているに対し、同じく元世界チャンピオンのガッツ石松、薬師寺保栄、ファイティング原田、井岡弘樹らは「亀田の負け」ときっぱり。いや、プロフェッショナルの見方はともかく、あれを観戦した人の99%が亀田の明らかな劣勢と認識しているはず。日報にも書いてきた通り、最近の亀田兄弟の対戦相手はいわゆる<かませ犬>ばかりだったし、現時点で、亀田興毅には王者の力量はない。お膳立てされた勝者に過ぎん。となると、黒幕は誰でちょね?
一歩進んで二歩さがる (2006.08.01)

某環境月刊誌の表紙に載せる動物イラストを毎月描いてきたが、約束の一年を半年も過ぎてるし、ボランティアにしては手間ひまかかるし神経使うしで、今度こそ降ろさせてもらおうと、決心を固めたのが二週間前。
近々その旨を伝えねばと思っていたところへ、午前中、編集代表S氏(かなりの高齢者)のほうからデンワ。
「ああSさん、ちょうどよかった、表紙イラストの件ですが」
「グホッ、グホッ、ゲボホホホッ(激しく咳き込む)、、、、ふぅ、すんませんねぇ調子が悪うて」
「風邪ですか?無理をなさらんでくださいよ。そう、イラストの件なんですが」
「いやぁ、春駒さんが毎月ええのを描いてくれんさるけぇ、読者の評判も上々じゃ。今まで何人かに描いてもろうてきましたが、あなたの温かみのある鉛筆画がやっぱり一番味がある。これからもお願いしますよ!」
「ええとそれがですね」
「ところで今日お電話したのは(人のハナシ聞きなさいっつーの)、今月は盆休みがありますんで、一週間前倒しでイラストを描いてもらいたいと思いまして、はい。で、次号はなにを描いてもらえますかな?」
「、、、、、、、、、カブトガニです」

な、俺ってエエやつじゃろ?(泣)


*写真:で、早速図書館へ行ってカブトガニ関連の写真を揃え、トライしたが、結構難しく1時間もかかったス。思いつきで言うもんじゃないのう。トホホ。ところで、カブトガニは「カニ」じゃなく、クモやサソリに近いって知ってた?裏返してみりゃほとんど<エイリアンの幼虫>状態でかなりキモイ。広島ではいまや江田島周辺でたまに確認されるぐらいだが、戦時中は宇品港(広島港)に、それこそ砂地が見えないほど大量に繁殖していたという。当時宇品は軍港で、一般人の立ち入りが厳しく制限されていたため、カブトガニにとっちゃあパラダイスだったんじゃのう。

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